傑作を撮るには  「整理しすぎない野鳥写真」を残していくこと 【菅原貴徳】

傑作を撮るには  「整理しすぎない野鳥写真」を残していくこと 【菅原貴徳】

文・写真 菅原貴徳

「整理しすぎない野鳥写真」を残していくこと

野鳥写真の主役は野鳥である。その主役を目立たせるために、大きな重たいレンズを使ったり、抜けた枝に鳥が止まるのを待ったり、あるいはカメラ位置を地面スレスレまで下げるなどして、背景をボカしてシンプルに整理するのがセオリーだ。筆者もそのような撮影はよくやるし、仕事としての需要もあって、例えば本誌の表紙や扉は、文字が入れやすいシンプルな写真が選ばれることが多い。

背景が整理された写真は確かに美しく、鳥に目が行きやすい。昨今流行りのSNSとも相性が良い。一方、整理しすぎた写真からは、その鳥がどんな場所、環境に暮らしているのかや、なぜそのような見た目をしているのかといった情報が削がれてしまう側面もある。また、写真展やBIRDER GRAPHICSなど、複数枚を並べて見せる場面では、そのような写真だけを揃えても単調な印象になってしまう。そこで今回の記事で紹介したいのは、「整理しすぎない野鳥写真」だ。

初めて出会った子供のころから、筆者にとってのノビタキは秋晴れの空の下で見る鳥というイメージだ。事前の観察でよく止まる枝を見定め、広角レンズをつけたカメラを近くに設置し、遠隔撮影することで、望遠では写りにくい「秋晴れの空」という要素を写し込むことができた。

あえて周囲に紛れ込むような撮り方をする

ここで言う「整理しすぎない野鳥写真」とは構図作りをする際に、その鳥らしさを感じさせるような要素や、周囲の環境など、生息環境が感じ取れるような要素を排除しすぎない撮り方のことだ。

例えば、ある鳥たちの色彩は、周囲の環境に紛れる迷彩色であるとする。そのとき、上述のようなセオリーをなぞって主役を浮き立たせるのではなく、あえて周囲に紛れるような撮り方をすることも、「傑作」とは呼びづらいかもしれないが、「その鳥らしさ」を表現するひとつの方法になるのではないか、という提案である。